デビルマン [悪魔]

◆・デビルマン (2004年 デビルマン制作委員会)

監督 那須博之  脚本 那須真知子 原作 永井壕
主題歌「光の中で」hiro

出演
伊崎央登 酒井彩名 渋谷飛鳥 宇崎竜童 阿木燿子 
富永愛 ボブ・サップ 伊崎右典 本田博太郎 永井豪 モロ師丘
的場浩司 

協力
水海道市 水海道市立西中学校 サンストリート 首都高速道路公団
中央農業総合研究センター谷和原水田  明治村  東京製菓学校
東京都下水道局砂町水再生センター

◆・ストーリー

 不動明(伊崎央登)は、招待された親友の飛鳥了(伊崎右典)の自宅で、
彼の父親(本田博太郎)の死に際に、デーモンに合体された事で、人間の心を持ったまま
の悪魔「デビルマン」となってしまう。世界中でデビルマンとなった人達が出現すると同時
に奇怪な現象が起き、その理解不能な現象に対して、相互に疑心暗鬼となった人達は、
デーモンに合体された人間を悪魔と見なし、中世の魔女狩りの再現が現代で起こるように
なる。明が同居してる牧村家の人々(宇崎竜童・阿木燿子・酒井彩名)らも、悪魔の一族と
見なされ惨殺される。殺し合いは、やがて人類同士の絶望的な戦争に発展していく。

◆・レビュー

 結論から言ってしまえば、デビルマンの実写版、正直言って非常に難しいと想像した通り
、明らかな失敗作で、作らない方が良かった。10代から20代前半の感受性の強い頃に、
コミックを観た事がある人、あるいはテレビのアニメ版を観た人、その時に感動した
イメージで鑑賞すると、大きな期待外れと失望に満ち溢れるのは100%確実と指摘して
おく。観ない方が良いと断言する。どうしても観たい人は、そういったイメージを払い、
自分が知っている「デビルマン」とは全く別物ではあるが粗悪な類似作品と思って鑑賞
してもらいたい。ただし、これは中国製ではなくメイド・イン・ジャパンである。

 人類とデーモン一族とデビルマンによる一大叙事詩のような傑作と評価される世界観が、
無残にぶっ飛んでいる。原作にどこまで忠実に描き、脚本を書きストーリー展開するかの
見極めが大切である。もし、エピソードや設定を変更したり、違ったイメージや解釈を導入
するならば、どこまでが許容範囲なのか、プロデュース段階で徹底的な議論が行われた
とは到底、信じがたい。監督と脚本家は原作を観た事があるのだろうかという疑問を感じる。
原作者の永井豪の意見や意思がどこまで尊重されたのか?
デビルマンのイメージを何処まで残すか、違った描写をどこまで選択するか?
原作のコピー版にしなくても構わないが、趣旨やメッセージは変更するべきではない。

 導入されたエピソードの全てが中途半端で消化不良となっている。一般大衆が悪魔と
断定された人を襲う描写も「人間が人間を襲う」恐怖を伝えるには全く不十分だ。

 デビルマンになったミーコ(渋谷飛鳥)から出る溶解液も、腕ではなくてオッパイから
出てほしいし、牧村家が襲撃された時に、ミキ(酒井彩名)は「私は魔女よ」と言って
暴徒に火炎瓶を投げつけてもらいたかった。

 飛鳥了は原作では両性という設定なのだから、男性ではなくてボーイッシュな女性、
中性的な女性を男装させて起用するのも一つの選択だったのではないか。
あれではホストクラブのホストみたいだ。

 致命的なのが、人間が心の底に持っている悪魔の心が表面化して、人類同士が戦争で
互いを殺戮しあって自滅して世界が終焉を迎えるという状況設定である。
このような構想は斬新ではなく他のSFやホラー作品でも観られる展開である。
 そもそも、人類の歴史は戦いの歴史である。近代では2度の世界大戦を経験したし、
イデオロギー、宗教、民族の違いから、また支配欲、征服欲、物欲等によって、紛争と虐殺
が繰り返されているのが歴史的事実である。人間や社会に潜んでいる悪の心が、人間同士
で殺しあう要因になるなど、デビルマンの物語の中だけで語られる特異な事例ではない。

 デーモン一族が強引に人間に合体を図り、次の瞬間、地上も空中も身の毛もよだつような
悪魔で埋め尽くされる恐怖。
 合体に失敗して、容姿は変身したが人間の心を持ったデビルマンとなった種族がデーモン
一族と戦い地上が廃墟となっていく。そこに人間のままの人達も巻き込まれ、老若男女、
職業・地位・信仰、イデオロギー、国籍等、有無を言わさず情け容赦なく大量殺戮が進行
していくであろう恐怖。
 人間同士が殺しあうだけでなくて【空想の産物と思われている悪と恐怖の象徴のような
悪魔(デーモン)】が、ホラー映画のように単体でも怖いのに大集団で襲ってくる筆舌に
尽くしがたい恐怖。
 警察も軍隊も、十字架も銀の銃弾も御札も貢物も何も、神の御慈悲も人間界の良心も
全く役に立たないのだ。発狂するような恐怖感が全く伝わってこないし描写されていない。

 デーモン一族とデビルマン集団との存亡をかけた最終戦争がゴラン高原で繰り広げられ
、それが聖書に書かれている、全ての者が善と悪に分かれて戦う「ハルマゲドンの戦い」
であり、最後に勝ち残ったのはどちらか判らない。
そのような壮大で斬新なストーリー展開が望ましかったと思う。

 敢えて注目するならば、CG技術と特殊メイクに凝っているのと、有名人がチョイ役で
出演している事か。

★・点数10点
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